高橋建二コラム

姪っ子と過ごした午後

こんにちは、FJQ理事の高橋建二です。

3月の3連休のことです。

姪っ子が実家に泊まりに来ていて、少し一緒に過ごす時間がありました。

帰る日、折尾駅まで送ることになり、そのついでにランチをして、少しだけ遊びました。

お昼はケンタッキー。

そのあと、「ドーナツも食べたいね」ということでミスタードーナツへ。

なかなかいい流れです(笑)

どれにするか悩んでいる姿や、嬉しそうに食べている様子を見ていると、ふと娘のことを思い出しました。

 

うちの娘は今、大学1年生で、もうすぐ2年生になります。

このコラムを書いている今日は、大学のサークルの合宿で山口に行っているみたいです。

家にいないのが当たり前になってきているのに、

こういう瞬間に、急に小さい頃の姿が重なってくるから不思議です。

 

娘の小さい頃も、こんな感じだったのかなと。

正直、当時は余裕がなくて、そこまでしっかり見れていたかというと怪しいのですが(笑)

それでも、なんとなく重なるものがあって、少しだけ時間が戻ったような感覚になりました。

 

ちなみに、甥っ子も二人います。

もちろん可愛いですし、一緒に遊ぶこともあります。

ただ、なぜか姪っ子と過ごす時間は、少し違う感覚があります。

理由はよくわからないのですが、たぶん「娘を思い出すから」なんだと思います。

こればっかりは、説明しきれないですね(笑)

 

ご飯のあと、折尾駅のまわりを少し歩いて、買い物をして、また少し話して。

特別なことは何もしていません。

ただ、駅まで送るまでの、ほんの数時間。

でも、こういう時間が、あとからじわっと残るんだろうなと思います。

子育てをしているときは、

「何をしてあげるか」
「どう育てるか」

みたいなことを考えがちですが、

振り返ると、

👉 一緒に過ごした時間そのもの

が、一番残っている気がします。

 

父親としての役割ももちろんありますが、

こうして姪っ子と過ごしていると、

👉 父親じゃなくても関われる時間がある

とも思います。

一緒にご飯を食べて、少し話して、少し笑う。

それだけでも十分なんじゃないかと。

 

最後に。

3連休の終わり、折尾駅で見送ったあと、

ふと、今は山口にいる娘のことを思い出しました。

それぞれの場所で、それぞれの時間が流れている。

ケンタッキーとミスタードーナツと、折尾の街で過ごした午後。

そんな何気ない時間も、どこかでつながっているのかもしれません。