男性育休は社会を変えるボウリングの1番ピンに例えられます。取得することで家事育児の面で妻と同じ目線に立つことができるようになり、その経験や認識が職場環境や社会の良い変化へと連動していくからです。
FJQではこれまで「産Q育Qプロジェクト」として、育休を取得したパパや男性育休を推進する企業、自治体等へのインタビュー記事を公開して参りましたが、この度、「男性育休を前提として組織はどのように変わるべきか」をテーマに、2022年度に男性育休100%を達成された古賀市の新たなワークスペース、快生館において、古賀市の田辺市長をお招きするとともに、西部電機株式会社、株式会社ピエトロといった市内立地企業2社にもご参加頂き、2024年11月15日に古賀市の快生館にてトークセッションを開催しました。以下、要約を共有します。
トークセッション参加者:
- 田辺 一城氏(古賀市長)
- 九反 公希氏(古賀市 青少年育成課)
- 藤井 雄也氏(西部電機株式会社 人事総務部人事課)
- 阿南 孝浩氏(西部電機株式会社 精密機械事業部生産部特殊課)
- 佐伯 知康氏(株式会社ピエトロ 執行役員製造本部ゼネラルマネージャー)
- 一瀬 亮平氏(株式会社ピエトロ 製造部製造課)
- モデレーター:樋口 一郎(FJQ:NPO法人ファザーリング・ジャパン九州 理事)

参加者それぞれの育休取得について、経緯等
【ポイント】
✔︎ 精神的にも負担が大きかった妻のケア等の理由で取得
✔︎ 皆、スムーズに取得できた半面、残していく仕事に不安を覚えた点は共通
FJQ まずは古賀市、ピエトロ、西部電機の順に取得者の方の自己紹介と取得の経緯、取得に当たっての課題があった場合、それもお願いします。

古賀市 九反(きゅうたん) 私は中途採用で2023年4月に古賀市に入庁したのですが、その直後に第一子となる娘が生まれました。元々は育休取得予定はなかったのですが、妻が里帰り出産後に育児に対する不安が限界を超えてしまい、夜中にすすり泣いていたのがきっかけで、これは大変だ、サポートしないといけないと考え、翌日急遽、上司に相談し3か月取得することにしました。仕事に穴を開けてしまうのではないかと心配していましたが、取得に当たっての職場でのハードルは高くなく、スムーズに移行させてくれた職場の方々には感謝の気持ちで一杯です。

ピエトロ 一瀬(いちのせ) 約2年前に取得したのですが、妻の妊娠が分かった時から、私の実家が長崎で遠いことや、お互いの両親が共に働いていて頼れないため、上長には早めに相談し取得しました。手続き的に少しとまどうことはありましたが、上長も気にかけて下さり、取得しにくかったということはなかったです。私は工場のラインで働いており、1人欠員が出ると仕事が回らなくなるのでは、という不安がありましたが、同僚も快く受け入れてくれました。

西部電機 阿南(あなん) 今年の1月と4月に各2週間、分割で取得しました。私は労働組合の執行部を勤めていたこともあり、若手のロールモデルになりたいと、育休は最初から取ろうと考えていました。加えて、妻が切迫早産となり、体調面も精神面も不安定だったので取得に至りました。上司からは、「是非取得してください。」」と快諾してもらいました。また、取得に向け、自分の業務を引き継ぐために準備を行って備えていましたが、実際取ってみると仕事のことが気になり、簡単なものではないことを実感しました。
組織としての男性育休の捉え方、組織浸透の工夫
【ポイント】
✔︎ 男性育休は働き方改革であり、個人の生き方の保障
✔︎ 組織における推進のためにはトップの強いコミットメントが重要
✔︎ パパママ向けガイドブックを作る等、社員に寄り添う対応
✔︎ 属人化している業務をなくすことで職場環境を改善
FJQ 3名に共通しているのが「仕事が回らなくなるのではないか」という不安で、皆、真面目に悩まれているのがよく伝わってきました。取得者側はこのように悩んでいるのですが、では続いて、組織としてどう回していくのかも含めて、男性育休に関する職場側の考えをお伺いしたいのですが、まずは田辺市長、古賀市として男性育休を推進されている目的を教えて頂いてよろしいでしょうか。

田辺市長 一番大きなところから話すと、男性育休は働き方改革なんですよ。古賀市は男性育休を取りやすい環境を意図的、主体的に作ってきています。なぜ働き方改革をやっているかというと、「職員個人の生き方の保障」と考えているからです。価値観が多様化する中、皆それぞれのライフプランを持っている。そんな中、古賀市役所の経営者として、どの男性職員にも取りたいときに育休を取れる環境づくりを行っています。6年前に市長に就任して以来、人事秘書課とも協議を重ね、組織的に取り組んできて、どの部署でも男性が育休を取ることができる風土を作ってきました。管理職が集まる会議等でも意識的に発信することで、就任前は一桁だった取得率を現在では100%にすることができました。こうやって誰でも子育てへ参画しやすくなる風土を作ることは、社会の持続可能性を高めることにもつながります。
FJQ ありがとうございます。まさにファザーリング・ジャパンも男性育休は社会を変えるボーリングの1番ピンだと言い続けており、男性、女性の生き方改革につながるという点、非常に共感します。100%達成に向けた過程でご苦労等はなかったですか?
田辺市長 この問題はトップとして旗を振っていかないとだめだと思っています。強い意志で理念を語ってきたつもりですし、人権保障の問題でもあるので、組織内の抵抗等はなかったですね。
FJQ トップの強いコミットメント素晴らしいですね。少し視点を変えて、人材確保・定着の観点からも男性育休は重要だと思うのですが、九反さん、職場に対する見方という意味で今回の取得はどうでしたか?

九反 転職前にもHP等で、古賀市の男性育休取得の推進は知っており、好意を持っていましたし、今回、スムーズに取得できたことに加え、戻ってきた時も部署のメンバーに本当に温かく迎えて頂き、「恩返ししたい」という気持ちが沸いてきました。
FJQ 続いてピエトロさんにお伺いしたいのですが、現在、どの企業においても人手不足が大変なことになっていて、そういった意味では男性育休は人材確保にも寄与する部分はあると思うのですが、現在の取組状況を教えて頂けないでしょうか。

ピエトロ執行役員 佐伯 2年前に一瀬さんが取得されたのが実は当社として初めてでした。先ほどトップの強い意志というお話がありましたが、まさにその通りで、経営方針の中に「会社の発展と社員の豊かな暮らしの実現」があるのですが、社長の高橋が「社員が幸せでないとお客様を幸せにできない」と発信を続けているので管理職も(男性育休の)後押しをしやすい風土があります。最初の取得者の時は手続き等、会社側もとまどいがありましたが、2022年度は100%、2023年度は60%の取得を達成でき、だいぶ取りやすい環境整備ができてきたのではないかと思います。
FJQ 社内で取得支援に向けて工夫されていることはありますか?
佐伯 実際のパパ・ママ社員の声を集めた「“子育て”と“働く”を上手に向き合う ヒントBOOK!」(※1)を作成し、制度や事例等を紹介し、社員に寄り添い相談対応を行っています。また、働き方の面では、今回取得された一瀬さんは工場という現場で働いているので、現場の管理職のみに責任を負わせてしまうと判断にブレがあってはいけないので、製造本部と人財サポート部が一緒になって、全体でフォローを行うというところは工夫しています。全社で、風通し良く寄り添える体制を作っています。
(※1)ピエトロ「“子育て”と“働く”を上手に向き合う ヒントBOOK!」

FJQ 次に、西部電機さんからも男性育休に対する考え方と最近の取組についてお伺いできますでしょうか。

西部電機 人事課 藤井 男性育休については会社として積極的に取ってもらう方向に持っていきたいと考えており、工場のようなラインで勤務している社員に対してもフォローできるようにしたいと考えています。
FJQ 取得促進に向けて具体的に取り組まれていることはありますか?
藤井 「この人しかできない」という業務があると、カバーが難しいため、経営者や管理職から属人化している業務をなくそうという働きかけを各部署に行っています。
育休を通した個々の働き方の変化
【ポイント】
✔︎ 担当者レベルで業務の見える化、属人化の回避を実施
✔︎ 育休を意識することで、職員が抜けることを前提にしたマニュアル等、共有化が進む
FJQ 阿南さんも工場現場の工程管理など、仕事の整理・効率化をされたということでしたね?

阿南 はい。業務の効率化については日頃から上司も気遣ってくれるのですが、現場にいる社員でないと気づけないこともあるため、担当レベルでも積極的に業務の見える化等の改善に取り組みました。また、自分だけでなく、現場の若い人たちに対しても、今後の人生を考えても自分に返ってくることなので、業務改善は進めないといけないよ、と教えているところです。
FJQ ファザーリング・ジャパンでも部下のライフを応援するイクボスを提唱する傍ら、部下ならではの視点で働き方を変えていこうという「部下ヂカラ」を7年前くらいから提唱しているところで、大変共感するところです。
ピエトロの一瀬さんにもお伺いしたいですが、育休前後での働き方に変化はありましたか?
一瀬 育休を取ったことで「今後、ケガ等、いろいろな理由でメンバーが抜けることがあるよな」と気づかされ、育休復帰後、業務のマニュアルやポイントをまとめた資料作りを行いました。
FJQ そうですね。育休を取ることで自分が欠けることが実体験でき、働き方にも自分がいなくても回るように工夫するという動きが生まれている方は多いです。それが組織の働き方改革を結果的に推進するのが非常に面白いところです。
家族に喜ばれる取り方とは
【ポイント】
✔︎ 「取るだけ育休」を避けるためにもパートナーとの話し合いは重要
✔︎ タイムテーブル等、参考になる事例の横展開は有益
FJQ 話は変わりますが、今、報道もされていますが、「取るだけ育休」という言葉もあり、調査(※2) によれば4割の妻が夫は「取るだけ育休で家事育児をしなかった」という回答もあり、もちろんここにおられる方々は皆、当てはまらないと思いますが(笑)、妻にとって喜んでもらえる「取り方」が重要かと思います。九反さん、そういった観点から見てご自身の取り方はいかがでしたか?

九反 私の場合、とにかく「妻を支えたい」という思いが強かったです。「取るだけ育休」にならないように、まず、なぜその育休が必要なのかについて、各家庭で妻とよく話し合うことが重要だと思います。
FJQ 男性育休10か条(※3)でいうところの「夫婦コミュニケーション」ですね。夫婦で話し合うことで多様な選択肢が生まれてくると思います。阿南さんは分割取得されたとのことですが、その点いかがでしたか?
阿南 正直、妻からは「もっと長期間取ってほしかった」とは言われましたね。最初の育休から復帰した時に、それまで夫婦2人で手分けしてやれていたことが全て妻にのしかかってきて、大変さを思い知りました。「取るだけ育休」を防ぐためには、コミュニケーションの他にも、参考となる取り方の事例の見える化も大事ではないかと思います。西部電機でも社員が育休を取った際のタイムテーブル等の取得事例を男女ともに紹介しており、こういった良いモデルがあれば取り方も変わってくると思います。私は妻と同じ会社で共働きなので、モデルを参考に、共に育児を分担し、余裕を持てるような取り方を模索することができました。また、私は子どもが生まれた後で、どのように過ごすかに思いが至りましたが、今後は、子どもが生まれる前の夫婦に示していくことも大事だと思います。
FJQ 一瀬さんは取り方の工夫などされましたか?

一瀬 我が家の場合は取得前から夫婦でしっかり話し合いました。第一子だったので初めてのことばかりで夫婦ともに不安も大きく、自信もなかったので、妻から3週間は取ってほしいと言われ、夫婦で乗り切りましたが、実際取ってみて、この期間育児を1人でやっていたら本当に大変だっただろうなと心底実感しました。
九反 他の取得者の方の取得パターンを共有するタイムテーブルはとても良いですね!こんなに大変なんだという気づきになり、夫婦で育児に取り組むきっかけになりますね。
阿南 生まれた直後の育児は体力的にも厳しく必死で育児を行う中、「母親の気分転換の方法」等も紹介されており、妻にも参考になったようです。

田辺市長 事例共有は良いですね。市役所でも取得者と私とのトークセッション等行っているのですが、取得者それぞれの体験を共有するのは良いことだし、多くの方の話を聞けば、一人で悩んでいたこともそんなに大したことではないんだと気づきが得られます。「取るだけ育休」は論外ですね。女性に依存して生きることが生きる上で考え方の前提になっていることが問題で、男性の側は全て自分で行うことが当たり前だと自覚すべきだし、女性の側は男性を甘やかさないでほしいです。女性から「お願いします」などと言わないようにしないといけないですね。我が家では私が皿洗いしても妻は「ありがとう」とは言わないです(笑)。あえて「ありがとう」と言わないことも大切だと思います。
後は、職場で皆「育休を取ることが申し訳ない」と思うこともおかしい。自分一人いなくてもなんとかなるというある意味、達観が必要ですね。休むことが前提の社会を作らないといけないです。個々が仕事を全力で頑張ることはもちろん重要ですが、それと同時に、矛盾するようですが誰でも代わりを務められる職場でないといけないです。属人化しないと回らない組織にしてしまうのは、経営者の責任で、そこは何とか変えていかないといけないと思います。
FJQ 社員それぞれの力を最大限に引き出すことも重要ですが、誰でも業務が回せる組織にするというのも同じくらい重要ですね。また、夫婦の家事分担ですが、ファザーリング・ジャパンでは、家事初心者の男性に対しては妻も最初から厳しく指摘せずに多少多めにみて戦力として「育てていく」ことも大事ではないかと伝えています。
田辺市長 我が家もそうですが、家事のこだわりの部分は気づいた方がやり、それぞれの流儀にはお互い干渉しない。けんかになるから(笑)。これは大事ですね。
働きやすいまち「古賀市ブランド」をめざして
【ポイント】
✔︎ 男性育休を通した働き方改革のムーブメントを地域に広げていきたい
✔︎ 休むことを前提にした組織づくりを
✔︎ 公民連携で働きやすいまち、古賀市のブランド構築が人材確保や離職防止にもつながる
FJQ 最後に、本日は、せっかく市役所と企業という地域のメンバーがそろっているので、今後、育休を取りやすい「古賀市モデル」のようなものに発展していくと面白いですね。
田辺市長 古賀市は今後も男性育休100%をめざした取組を継続していくつもりです。さらに、来年度予算編成に向けた市長メッセージの中でも市役所内で100%をめざすことがゴールではなく、このようなムーブメントを地域に広げていくことが我々の責務ではないか、民間企業にも広げていくフェーズに持っていきたいということを発信しています。市役所内でも取得期間を長くしていきたい、という目標はありますが、公民連携で地域の企業さんにもこのような風土を広げていきたいと思っています。
FJQ 男性育休を通した強い組織づくりは、前段でも述べたように、今どの企業でも問題になっている人材不足対策にも効果的です。地域への波及について、ピエトロさん、西部電機さん、いかがでしょうか。
佐伯 民間企業にとっては、人材を採用しやすい、今いる人を辞めさせないという2点は非常に重要です。実は男性育休制度の前に、リフレッシュ休暇という、平日に連続して5日間の休暇を取得する制度を導入しました。弊社はレストランの運営もしており、そこでは社員が約1週間連続して休むという経験がなく、現場では戸惑いの声もあったのですが、あえて「取りなさい」と全社的に進めた結果、業務の属人化が少しずつ解消され、育休が取りやすい風土につながったのではないかと考えています。働きやすい会社を突き詰めていくと、(人が)辞めない会社につながっていくのではないかと思います。辞められると教育も含め非常に大変ですから。古賀市が「働きやすいまち」になるのは、とてもありがたいです。
藤井 社員にはやはり辞めてほしくないですし、男性育休の取りやすさを発信することで、リクルートで多様な人材に興味を持ってもらえるということはメリットだと思います。古賀市が「働きやすいまち」になると当社としてもありがたいので、当社として出来る事は協力させていただきます。

田辺市長 今後、高齢化社会で生産年齢人口が減っていきます。本市内に立地している企業は製造業が多く、まさに若い世代が必要で、この5~10年先には更なる人材不足が目に見えています。また、現在、市内で工業団地や物流施設を5カ所ほど開発中で、人材もさらに必要になってきます。このような中、働きやすいまちづくりを行わなければならないのは必然で、男性育休をはじめ、働き方を大事にしている企業しかいないよ、というまちにしていけたらと思います。
FJQ 良いですね!男性育休のような分野では、地域の横のつながりが少ないという話も聞きますので、そのような地域の動き作りにぜひファザーリング・ジャパンとしてもご支援させていただければ幸いです。
田辺市長 古賀市をそのような取組の実証地域にしていただければ。市内からだけでなく、外部からの人材確保の誘因力につながっていく仕掛けは作っていかなければならない、と市でも検討しているところです。
FJQ 今日は働き方改革、生き方改革の話に始まり、最後は社会基盤の継続や地域ブランドづくりという今後へつながっていきそうな話題になり、論点も多様で大変有益な機会でした。どうもありがとうございました!
古賀市の奥座敷、薬王寺温泉にできた新たなコワーキングスペース、快生館で行われた座談会形式でのトークセッション。ゆったりとした雰囲気の中、進行役が振る必要もなく、各自が自分のことばでしっかりと育休について語っていただいたのが印象的でした。
市役所や市内企業に勤めるパパ達の育休体験や心境変化の話にはじまり、各組織におけるそれぞれの取得促進に向けた工夫、取得による組織にとってのプラスの影響、そして最後には「働き方先進都市」に向けた古賀市ブランドの構築のお話まで、視座を変え、たくさんの貴重な意見交換ができ大変有益な機会でした。
まさに「男性育休は社会を変えるボーリングの一番ピン」につながるお話もたくさん聞けたので、是非、FJQとしても今後の古賀市の働き方、生き方改革に向けての動きに注目していきたいと思います!最後まで読んでいただいた皆さん、本当にありがとうございました!!
(イベント企画、撮影、当日進行支援)
NPO法人ファザーリング・ジャパン九州
代表理事 森島孝、理事 みねせりか